女装の顛末

金曜の昼から夜にかけて女装して街中をうろついていた。

なんでそんな事をしたのかと誰でも聞くだろうけど、俺だって聞きたい。

 

ももへの手紙 coco独占試写会

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(サイトより抜粋)

 

ももへの手紙試写会に行ってきたわけだ。

応募条件に気づいていなかったわけではない。当たると思わなかった。

「軽い気持ちで…まさか死ぬとは思わなかったんです…」悲劇はいつもそうだ。

これがもし『はやぶさ 遙かなる帰還』の試写会だったとしたら

招待状に一瞥もくれず「あ、いけなくなりました」と連絡を入れるところだが

『ももへの手紙』はその筋では神様みたいな沖浦啓之監督の新作なので

多少の無理と恥辱には耐えようという思いで化粧をしたのだった。

 

女装しろと言うのは簡単だがやろうと思うと難しい

服もないし、化粧道具もないし、あっても出来ないし、髪も短い。

結局、当日昼の一時に友人の会社に押しかけて非常階段で

コソコソとメイクしてもらい、服を借りて着替えることにした。

毎日忙しく終電まで残業しているところ貴重な時間を、全く頭があがらない…。

 

まるまる一時間ちょっとかけて化粧してもらって、

借りたワンピースを着て、タイツをはいて、ウィッグをつけた。

ところがワンピースがあんまりに短いように思ったので、

当日着ていったジーパンはそのまま着用した。

だから女装といってもスカート履いて恥ずかしい感じは薄い。

帰宅前に駅の障害者用トイレで化粧落としたりタイツ脱いでる時に思ったけど

やっぱり凄く短くて、二十度程度おじぎしたぐらいで尻がみえてしまう。

貸してくれた人が普段どうやって着てるのか気になる…。

 

試写会が六時からなのに諸々の都合で一時に女装しはじめるよりなかったから、

五時間も市井を珍妙な格好でうろついて時間を潰さなくてはならない。

一番キツかったのは電車だったのだけれど、それで初めて

電車ってパーソナルスペースが著しく低くなる場所なんだなぁと気づいた。

きっと電車がない国や昔の人が突然東京の山手線にのったら

人が近づきすぎてギクっとすると思う。

誰かにチラチラとでも見られる事は一切なかったが

あんまりに人との距離が近すぎて電車は異装をするのには辛い場所だった。

 

それと普段は見て何も思わないような女性やトウの立った女性すら全員可愛く見える。

なにせ俺は何者だかわからないが、彼女らを男性と見間違える事はあるまい。

放っておいても女性だと分かる程度には女性性が溢れていてヤバイ。

目が2つあって鼻が1つ、指が十本あるあたりまでは完全に

女性と同化出来てると思うのだがそこから先の問題は難しい。

 

なんで女性に見えるんだろうと眺めていると、体のラインも全然違うけど

思ったよりも男の服と女の服とは違うものなのだなと気づいた。

普段落書きなんかをしていて女性を描いたら当然女物の服を着せるし

今年はこういうのが流行ってるんだなぁなんてジロジロみているけど

自分が着てあるいている事に比べれば経験としていかにも薄い…。

 

今までなんてこないと思って見ていたような

ホットパンツとは言わない程度に長いショートパンツ履いているのでさえ

「うわーよくあんなのやるなぁ」とか思ってしまう。

女も男も同じ人間だというのに、女がしてる格好をみても

「うわぁ、自分だったらあんな格好できないなぁ」なんて思わないものだ。

対岸の出来事だったのだな、まぁ対岸なんだけど。

 

最後に着替えてる時にワンピースのシルエットみて、これだけで

女性っぽいもんなぁ、すごいよなぁ、なんて思っていた。

男が女物のシャツ着てる絵とか女が男物のジャケット着てる絵とか

狙って描けるもんだろうか、などとかんがえながら。

 

そんなこんなで結局映画見るために女装したのに

女装したことのほうがインパクトありすぎて映画を見た日という印象でない。

当たり前だ。女の格好して街を練り歩くのが映画鑑賞より普通であってたまるか。

 

しかも実際に行ってみたら、なぜ女性限定なのか、しかも男で女装しろという意味は?

さっと受付して終わった後何かがあるわけでもなかった。

女装のために女装したようなものだ。なんだっていうんだろうか。 

 

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