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共感と規範

前の記事のはなしと通ずるところがあるのだけど

 

背が高いところが好きなんだって

言われた人はどう思うのだろうとよく思う。

背が高いは自分にはどうにもならないこと喩えなのだけど。

自分の場合は「もし背が低くなったらどうしよう」

と考えてしまうだろうと思う。

背が低くなることなんかないのに。

 

自分は血液型がA型だからいいけど、B型の人は

どうでもいい事に年に何回かは巻き込まれて

全く無根拠にいい加減とか言われてるんだろうなと思うと

それって無視出来ないストレスだよなとか思うんだけど

そういうことに思い当たると、やっぱり

もしB型になったらどうしようって思う。

ただ、この場合は癌にでもなれば治療の過程で

血液型が変わってしまうことはありうる。

 

別に背は高いほうがいいとかB型よりA型がいいとか

そういう話じゃなくて、なりえないものに

なった場合はどうなんでしょうねという。

 

なんなんでしょうね。

 

 

今朝方電車にのってたらお向かいで化粧をしている人がいて

なんだか不愉快になったのだけど、

何が不愉快って化粧をしている女性が不愉快なんじゃなくて

電車の中で化粧をしている事は不愉快だとどこかのタイミングで

俺に吹き込んだ誰がしかの存在が不愉快というか、

元々何も思わないし今だってなんとも思わないのに

電車の中で化粧をしているのが非常識みたいに何度も言われると

なんだかそのような気分がひとかけらも湧いてこないとは言えず

結果として全く不愉快な気持ちになる理由なんか元々ないのに

どうしてか朝の電車のその瞬間にほんの少しばかりの不愉快を

味わわなければいけないというのが腹立たしいというわけです。