興味がないことは意識には登ってこないが
視界に入れば記憶には残るらしい。
それを意図的に掬い上げるとあるあるネタが出来上がる。
自分の振る舞いで、特に誰からも何も言及されないので
どうせ誰も関心をもっちゃいないのだろうと思っていると
時々ふっと君ああいうことよくしてるよね、とか
そういうことを言われてぎくりとする。
視界の端で仔細に印象は記憶されているのだな。
Twitterには、ニューロンが走っただけの適当な文字列や
ありもしない欲求や、嘘や、いろんなことを書き込んでいる。
ブログは、そういう要素はかなり少ない。
つまり物質人間として生きている自分にはtwitterの方が近い。