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旅行の顛末 2

実のところ、名古屋以西の経路についてあまりわかっていない。

本当は名古屋までも分かってはいないのだが、

旅行前日にYがわざわざ経路などを書いて配布した

「たびのしおり」がメール履歴にあり

それを参考にすれば金山までは通過駅が分かるという寸法だ。

ただし、名古屋以西については元より詳細に欠くことと

予定の変更が多々あり、もはや参照すべき記録なし。

書くことのほとんどが「そうではなかったか」と

推論にならんかの勢いで記憶があやふやである。

 

場所が紐付かなければ記憶が呼び出せず、

記憶を呼び出せども場所に紐付けなければ記述できず、

存外この旅行記も短くなる可能性が出てきた。

 

続 一日目

 

一日目、当面の目的地は大垣であった。

確か、名古屋を出てほどなく大垣駅へと到着したはずだ。

大垣がどこであるのか全く知らず、実を言うと今この瞬間に

Google Mapsを検索して初めて知ったが

YとFにとっては母校ありしゆかりの深い土地である。

話に聞くことも多い土地柄、これで人の思い出話を聞くのに

一寸ばかりのリアリティも出ようかと思ったものだ。

 

しかしながら別に縁とゆかりにあふれた土地だから下車したわけでなく、

事前の打ち合わせで私が養老天命反転地に行きたいと主張したため

大垣より養老鉄道で向かおうという算段であった。が、

降りてみればバケツをひっくり返したかのうような豪雨に雷鳴まで轟き

傘なしでは5メートルと歩きたくはない天候となっていた。

雨が振るとは知っていたがここまで酷いとは思わず一同失笑。

 

養老天命反転地とは音に聞くところによれば人が転げるような場所であって

豪雨のなか傘片手に歩けば滑落死もやむなし、当然行く事はできない。

Fが低気圧の谷に添って雨雲が展開しているので一時間ほどで雨は止む筈と主張、

また想定していた目的地が行けなくなったからといって

他に行ける場所がおいそれとある場所ではないので

水まんじゅうをつつきながらしばしの休息を取ることになった。

 

しばらく経ってのち、雨はだいぶパラパラと小降りになっていたが

電話をかけてみると当該地はまだ雨が振っているとの事なので

一行は長浜へ向かった、と思う。

正直言ってその時の私には自分の現在の座標も分かっておらず、

また電車に乗った時に東西南北のどこへ移動しているかさえ分かっていない。

扱っている要素のディテールが分からなければ会話を聞いていても

理解することは難しい、こんなに簡単なことですら。

これがもし東京に出てきた旅行者であったらと思うと空恐ろしい。

 

どうやってか長浜についた筈だ。長浜というとラーメンを想像するが

地理音痴な自分にもその長浜でないことは分かった。

長浜ラーメンは押しなべて屍臭漂う博多ラーメンの親戚といった風体だからだ。

今調べてみたところ博多ラーメンの一種だとのこと。

にもかかわらず滋賀の長浜に長浜ラーメンの店が何軒かあるのが笑いを誘う。

いったいその長浜ラーメンがどちらの長浜に由来するかは今ひとつ分からず、

言及するときも混乱させられる。サニー・ボーイ・ウィリアムスンのような奴らだ。

 

してラーメンでもない長浜について知っている事いえば

そんな土地が存在することは知りませんでしたというだけなのだが

いったい何を楽しんだものかというとこれが意外に面白い。

長浜は黒壁というとガラスの街らしく、

古い街並みを残した風情ある通りの終着点に

高さ8メートルに及ぶ巨大な万華鏡が据えてあるのだ。

 

してその万華鏡とはいかなるものかと伺ってみると

うっかりすると気づかぬようなまるで草臥れた横道が入り口になっている。

一歩入り、実のなったブドウ棚の通路を抜けると

何やらオヤジが気の抜けた焼き鳥などを売っている。焼き鳥を売る脇に

何故かすすぼけたアクションドール両津勘吉が陳列されたりしている。

更に奥に行くと、当の巨大万華鏡があるのだが、そんなことよりも

その大して広くもない広場に万華鏡をかこうようにして、

謎の羽柴秀吉像(大変気持ち悪い)、謎の流木店、謎のプラモ売り場、等が配置され

B級感と不気味感、かすかな宗教感すら醸し出されているのである。

プラモ売り場に陳列されたガンプラは一見日焼けした古いものばかりのようだが

ガンダムAGEの雑魚キャラなどがふんだんに混じっており

わざわざ最近買い足したことが自明なだけにより一層うすきみが悪い。

それは大昔に弾みで作ったまま放置されているだけではなかったのだ。

筑波山のがま洞窟を企画書なしに自然発生させたような異形の様相に

一同は思わぬ収穫を得たと沸き立った。

 

いかがわしい観光資源を出て、数分あるくと長浜別院大通寺があった。

またこれが期待もしなかったのに中々立派な歴史ある造りのもので

ひどく純粋な気持ちで興奮しながら眺めさせてもらった。

 

3に続く 

 

まだ一日目が終わらんのですが、また後日書くことにします。

 

ところで先日上げたその1の関西弁に関するくだりはY曰く全くの無意識だそう。

きっとYの話していた言葉は関西弁ではなかったし

かといって関東弁でもなかったのだろう。

熊本出身で自称を「おい」語尾に「とよ」をつけていた予備校講師も

京都出身で「◯◯しはる」という言い回しをしていた友人も

同じく標準語をしゃべっていると自分では思っていた。

冗談で言っているのかと思っていたがそうではないらしく、

地元に帰ると「すっかり東京弁になりやがって」とからかわれるという。

自分は出身地以外の言葉を喋れないのでそこらへんの勘所が分からないのだが

きっと半端に交じり合ったキメラなイントネーションは

故郷なき言語として常にそこらへんに漂っているのだろうな。